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【グローバルインタビュー】北朝鮮民主化を語る(1)「北韓民主化ネットワーク」の韓基弘代表 (1/4ページ)
「左派10年」といわれた金大中、盧武鉉政権下で静かに広がった北朝鮮民主化運動はいま韓国で確かな潮流となった。核を担ったのは80年代学生運動世代。韓国の民主化を目指した彼らが社会主義に挫折、北朝鮮の現実に目覚めたことが原点だ。その活動はいま人権に止まらず政治や教育分野にも広がった。「北韓民主化ネットワーク」の韓基弘代表(47)にこの10年を聞いた。
――韓国では、いつから北朝鮮民主化運動が始まったのか
「アムネスティ・インターナショナルの韓国代表を務めた牧師が1996年、北韓人権市民連合という人権団体を作ったのが最初だ。われわれもその流れをくんでいる。北韓民主化ネットワークの立ち上げは99年だが、実際は2年前の97年から準備に入った。私たちは80年代、韓国民主化運動で過去の権威主義政府に立ち向った。同様に北朝鮮も民主化できないかというのが出発点だ」
――金大中政権下でスタートとなったが
「出発したときは少数の声だった。また北朝鮮の人権をとりまく環境は最悪だった。私と一緒に80年代左派運動をしてきた(親北的な)人たちが政権を握った太陽政策下だった」
――どういう経緯で、北朝鮮の民主化運動を始めることになったのか
「私たち韓国の80年代民主化運動で中核を担った学生たちには大きくいって2つのグループがあった。伝統的マルクス主義を信奉する派閥(民衆民主・PD派)と北朝鮮の主体思想を信奉する主体思想派(民族解放・NL派)だ。私はPDでその後は労働運動の世界に入った。
しかし冷戦の崩壊後、90年代半ばから脱北者の韓国入りで北朝鮮の現実が次第に明らかになった。とくに主体思想派は《北朝鮮の体制を支援した》という道徳的反省が強かった。彼らは北朝鮮が解放された国であると信じていたため現実を知り《良心的な転向》をしたが、北朝鮮の体制を支持したことが結果的に人民を苦しめることになった。自分が間違っていた、責任を取らなければならない−との思いから北朝鮮の民主化運動に打ち込んでいった」


