ニュース: 国際 RSS feed
【正論】グルジア危機 京都大学大学院教授・中西寛
■「大戦」想起させる危険な構図
北京オリンピック開会と時を同じくして始まったロシアとグルジアの交戦は、国際政治の構造に与えるインパクトの点では冷戦終焉(しゅうえん)後最大といっても過言ではない意味をもつ。ユーゴスラヴィアやルワンダなどでの内戦や9・11事件のようなテロは巨大な衝撃をもたらしたが、大国間の関係には変化をもたらさなかった。イラク戦争の影響は大きかったが、それでも国際協調の枠組みは変わらなかった。しかし今回のグルジア紛争は大国間関係を大きく変える潜在力をもっている。
紛争の一次的な要因はロシア、グルジア両国のナショナリズムとそれに煽(あお)られたオセチア、アブハジアなどの少数民族ナショナリズムの対立である。その発端は2003年の「バラ革命」にあった。この政変は、冷戦終焉後、ロシアと西側の間で微妙な舵(かじ)取りをしていたグルジアのシェワルナゼ政権の腐敗を糾弾して同国内で起きた民主化運動に伴うものだった。
その後を継いだサーカシビリ大統領はアメリカで法律を学んだ西側派であり、かつ民族派であって、ロシアの影響下にあった南オセチア自治州、アブハジア自治共和国への支配回復を狙っていた。今回の紛争はグルジア軍による南オセチアへの攻撃によって始まったと見られている。
しかしロシアの強力な反撃とその後の行動からは、ロシアがこの機会を待っていた様子がうかがえる。ロシア軍の反撃はグルジア軍を圧倒し、保障措置と称してグルジア領内に軍を展開させた。ヨーロッパ連合(EU)議長国であるフランスのサルコジ大統領によって仲介がなされているが、南オセチア、アブハジアに一方的な独立を宣言させるなど強硬な姿勢を貫いている。
≪「新冷戦」は意図されず≫
サーカシビリ政権を支持してきたアメリカのブッシュ政権もロシアとの対決姿勢を打ち出し、グルジアへの人道支援物資の輸送のため海空軍を派遣している。ヨーロッパ諸国も、ロシアの脅威を強く感じる東欧諸国を中心に反ロシア色を強めている。
こうした状況から、米欧とロシアの「新冷戦」といった言葉が語られるようになった。しかし、現時点では、この言葉は二重の意味でずれている。
一面では、現時点において米欧露はいずれも冷戦時のような決定的な対立を望んではいない。アメリカはテロとの戦いやイラン、北朝鮮問題などでロシアの協力を重視しているし、ヨーロッパもロシアのエネルギーに依存している。ロシアのメドベージェフ政権(実権はプーチン首相が握っているが)も西側との経済交流を必要としている。さらに、2014年にグルジアからもほど近い黒海沿岸のソチで予定されるオリンピックを成功させて国際社会に「大国ロシア」の存在を認知させたいと考えているであろう。
≪NATO60周年に露照準≫
ロシアの意図は、今回の紛争をきっかけにグルジアと隣国ウクライナの北大西洋条約機構(NATO)加盟を阻止し、近隣への政治的影響力を復活させることにあるとみられる。今年4月のNATO首脳会議では、両国の加盟に熱心だったアメリカや東欧諸国に対して、ドイツなどが消極論を唱えて加盟問題は先送りされた。しかしロシアと国境を接し、かつてソ連の一部だった両国のNATO加盟はロシアでは耐え難い屈辱と見なされている。
ロシアの狙いは、来年4月にNATOが迎える結成60周年を前に、グルジアとウクライナの親西側政権を倒し、NATO加盟申請を取り下げさせることにあるのではないだろうか。
問題は、ロシアが自らの意図を隠そうともしない尊大な態度である。しかしこうしたロシアの態度は、「新冷戦」という言葉以上にグルジア紛争の危険度が高いことを示唆している。米欧露各国は相手の弱さを見越して、安易に自らの「威信」をかけてしまっているのである。
領土や権益をめぐる対立と違い、「威信」といった抽象的な価値をめぐる対立は抜き差しならないものになりやすい。ことにグルジアが属するカフカス(英語名コーカサス)から中央アジア、中国西北部に至るユーラシア内陸部では独裁、ナショナリズム、イスラム過激主義、国際犯罪、天然資源が重なり合う。大国が不安定な地域に国益と威信を掲げて手を伸ばし、各国の軍隊がひしめき合う状況は、冷戦よりも第一次世界大戦前のバルカンを想起させる危険な構図である。来年のアメリカの新政権発足にかけて緊張は続くであろう。(なかにし ひろし)

