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【グローバルインタビュー】グルジア紛争とプラハの春を比較、ホープ・ハリソン元国家安全保障会議(NSC)ヨーロッパ・ユーラシア部長 (1/2ページ)

2008.8.24 13:31
このニュースのトピックスグローバルインタビュー
米ジョージ・ワシントン大ヨーロッパ・ロシア・ユーラシア研究所のホープ・ハリソン所長米ジョージ・ワシントン大ヨーロッパ・ロシア・ユーラシア研究所のホープ・ハリソン所長

 グルジア紛争と、1968年に起きたチェコスロバキア(当時)への旧ソ連軍の侵攻はどのような類似点があり、相違点があるのか。2000年から01年にかけて元米国家安全保障会議(NSC)ヨーロッパ・ユーラシア部長として、グルジアなど旧ソ連各国も担当したジョージ・ワシントン大ヨーロッパ・ロシア・ユーラシア研究所のホープ・ハリソン所長に聞いた。(ワシントン 有元隆志)

 ――グルジア紛争と、旧ソ連軍によるチェコスロバキア侵攻の類似点は

 「ロシアが自らの勢力圏と考える地域には介入する権利があると考えている点だ。ソ連は68年のチェコスロバキア侵攻に先立って、53年に東ドイツ、56年にハンガリーにそれぞれ侵攻しており、勢力圏を守るためは躊躇(ちゅうちょ)しなかった」

 ――ロシアが今回の侵攻で、1968年を参考にした可能性はあるか

 「ライス国務長官はグルジア侵攻を1968年と比較したが、ロシア側が当時のことを念頭におきながら対応したとは思わない。ただ、米国は56年も68年のときもソ連と戦争を始める危険は冒さなかった。ロシアは過去の例から、今回も米国が阻止することはないだろうと見込んでいたかもしれない」

 ――相違点は

 「今日の世界は1968年とは全く異なる。当時は米国と旧ソ連の2つの陣営に分かれ、チェコスロバキアはソ連陣営の一員とみられ、ソ連を盟主としたワルシャワ条約機構にも参加していた。米国はソ連の東欧での影響力を認め、ソ連も米国の西欧での影響力を認めていた。

 グルジアはソ連の一員ではあったが、もはやソ連は存在しない。グルジアは冷戦崩壊後、米国と協調関係にあり、それがチェコスロバキアとの大きな違いだ。その意味でロシアの対応は68年当時よりも一線を越えており、状況はより悪い」

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米ジョージ・ワシントン大ヨーロッパ・ロシア・ユーラシア研究所のホープ・ハリソン所長
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