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【記者ブログ】北京五輪前後に読む本 福島香織 (3/4ページ)

2008.8.8 00:00
このニュースのトピックス福島香織の北京特派員記者ブログ

■もちろん、四川大地震では、物ごいまで義援金をカンパするなど、中国人も公民意識と思いやりを見せた。文革で良心を殺し、改革開放で欲望を抑えることを忘れたといわれる中国人も、国際社会と接触するうちにまたよい方向に変化してきているのかもしれない。ただ、余氏は「1年後、同じように被災地に関心を持っている人はどれくらいいるか、私は心配しているよ」とすげない。ひょっとすると大地震後の中国人の熱狂的なまでの義援活動に、文革の若者のマスヒステリーに似た熱狂と同じ種類のものを感じたかもしれない。

■この小説は、今の中国人が良識や思いやりを自ら葬りさり金と性という欲望パワーのみで苛烈な時代を乗り切ってきた、そういう中国の恥部を洗いざらいぶちまけている。そういう意味で、余氏を“醜い中国人”を危機感をもって描いた小説家・魯迅の後継者と、呼びたい気分である。ただ魯迅を面白いとおもって読む人は少ないだろうが、余華氏の小説は、大衆娯楽小説のスタイルをとっており、あえてライトノベルなみの少ない語彙で書かれて、かけ値なく面白く読みやすい。難しい本を読んだことのない若者に読んでもらいたいという、気持ちがうかがえる。

■おしむらくは、小説の中に当然描写されるべき1989年の天安門事件について、書き込むことを自粛してしまったことだ。余華は、この点について、こう語っている。「天安門事件について書き入れても、どうせ削らなければ出版できない。これは浙江省の劉鎮という片田舎の文革から改革開放をへた現代までの物語で、天安門事件は物語の大筋に直接関係ないと思った。」

■同時に彼は、こうもいった。「私たちの世代は、まま、ぱぱ、という言葉を覚える次に、毛主席、人民、共産党という言葉を覚えたんだ。でも実は、人民とは何か、分かっていなかった。1989年の初夏の夜、私は北京の京広中心(という建物)あたりを自転車に乗って走っていた。するとすごい熱波が押し寄せてきた。さらにゆくと、(民主デモのためにあつまる)群衆の声や姿が見えた。人民の熱というものは声よりも早く届く。このとき、私はこれを、人民というのか、とわかったのだ」

■6・4(天安門事件)はその人民の熱を、冷たい鋼鉄の戦車で踏みつぶした。「あの夜のことはいつか、書く。しかし、書くなら正面から堂々とかきたい。言葉を濁して、小手先のテクニックで当局の目をかすめるように書くようなものではない」。同書の邦訳版出版後まもなく、在日中国人作家の楊逸さんが6.4で挫折し日本に渡った青年を主人公にした日本語作品『時が滲む朝』で芥川賞を授賞した。正直いうと、小説としての深みが今ひとつ足りないとは思ったが、母国語以外で小説を書くことの限界というのもあるだろう。同じ小説を書くなら母国語で書く方が、絶対いいに決まっている。6・4というテーマを書きたくても母国語では書けない、中国作家の苦悩をつくづく思った。

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