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【記者ブログ】被災地からもどってきて(2)被災地のもの食う人々の強さ 福島香織 (1/5ページ)
■被災地取材で、取材対象を選ぶとき、ものを食っているひとを捜す。別にご飯を分けてもらおうという魂胆があるのではなく、この被災の過酷の状況下でものを食える人は生きるパワーをもっている人だからだ。ものが食べられないほど、心理的ショックを受けている人を取材して、うっかり傷つけたりして、 PTSD(心的外傷後ストレス障害)がひどくなったりしたら大ごとだろう。特に子供を取材するときは、ぱくぱく元気よくものを食べている子を選ぶのだ。
■そうやって被災地のもの食う人々を取材していると、気づいたことがある。中国の被災者は本当に元気にうまそうにごはんを食べているのだ。さすが挨拶が「ごはんたべた?(チーファンラマ?)」というような、「民以食為天」の国だ。
■そして、必ずいくらこちらがことわっても、食べろ食べろといって、はなしてくれない。本当に、断り続けると、「きたなくないよ」と不機嫌そうになるものだから、結局いただいてしまう。そして、つくづく、この人らは強い、生命力が段違いだ、と思うのだ。被災者からメシをめぐんでもらうけしからん記者と思われるかもしれないが、一緒にご飯を食べて初めてわかることもいっぱいある。こちらも、次に訪れるときは新鮮な果物とかを差し入れるようにはしているし、許してもらおう。
■というわけで、被災地のもの食う人々を写真で紹介したい。
綿陽市の九洲体育館の炊き出し。ご飯の上に、豆腐と肉と青椒の甘辛いためがかかっている。彼女は北川県雷鼓鎮から避難。「味は相当いい、でも肉が三切れしかはいっていないのよね。まあ人数がおおいからしかたないか」といっていた。昼と夕に炊きだしは行われ、被災者は器を持って並んでいる。1日3食のうち、2回がインスタントラーメンと牛乳(食い合わせわるそう!)。一時2万8000人がくらしていた九洲体育館は、31日には7000人にまで減っており、食生活は比較的充実している。
カメラをむけても、いやがらずに取材に応じてくれる被災者のひとびと。避難所生活は「満足している」といっていた。人の暮らしの強烈な匂いが充満し、プライバシーゼロの雑魚寝の避難所生活にも、へこたれずに、おいしそうにもの食う被災者。根本的に(阪神大震災時の日本人被災者と)生きる強さが段違いだと思った。今回の被災者はほとんどが、鎮(農村部)出身の人。阪神大震災は都市型震災だったから、その違いもあるかもしれない。