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【主張】北京五輪開幕 自由あっての平和祭典
■真の国際標準を学ぶ機会に
「一つの世界 一つの夢」をスローガンに掲げる第29回オリンピック競技大会北京大会は8日、開会式を迎える。
直前になって、中国内の治安への懸念が強まっている。新疆ウイグル自治区で起きた過激独立派とみられる組織による武装警察隊襲撃事件では警官16人が死亡した。北京五輪の妨害を狙った可能性が高い。
テロは断じて許せないが、この事件を取材していた邦人記者2人が武装警官に一時拘束され、暴行をうけた事態は、中国がかかえる民族問題の深刻さと、人権や報道の自由に対する当局の強権的姿勢を改めて世界に印象づけた。
北京五輪に参加する選手総数は205カ国・地域1万1200人を超え、日本選手団も339人と史上最多である。競泳の北島康介選手や女子マラソンの野口みずき選手らには金メダルの期待がかかる。選手や観戦客がテロに巻き込まれるようなことは絶対にあってはならない。スポーツを純粋に楽しむべき平和の祭典が安全で平穏に進行するよう切に求めたい。
それにしても、競技施設や選手村などが集中する五輪公園周辺の警備シフトは異様だ。周辺道路は厳しく規制され、施設出入りの荷物検査と相まって、報道陣の行動も大幅に制限されている。
≪尋常でない警備シフト≫
中国メディアによれば、配置された軍、武装警官を含む治安要員は11万人にのぼる。北京全体では20万人の人民解放軍兵士が動員された。市中心部に自動小銃を構える警官が配置されること自体、尋常ではない。
万一のテロを考えれば、過剰にも思える警備もやむをえないかもしれない。ただ、今回の北京ほどオリンピックが巨大化しすぎ、人間の「自由」の発露という本来の五輪精神とはほど遠い姿をさらけだした例はない。
北京五輪には50万人もの観戦客が訪れる見通しだ。テレビ映像は連日、北京の出来事を世界中に流す。これは、オリンピックの開催を「中華民族百年の夢」としてきた中国が、初めて経験する国際標準との遭遇だ。
五輪開催に合わせ、北京市の空港や高速道路は整備され、地下鉄も新たに3路線が開通した。街の刷新は目を見張らせる。ハード面での準備は、過去の五輪をはるかにしのぐといっていい。しかし、五輪開催国の真価が問われるソフト面では、多くの課題を残したままの本番突入となった。
5月に発生した四川大地震で被災側となった中国は、人道支援・国際協調へと舵(かじ)を切った。不幸な震災によってチベット騒乱で中国に向けられた非難は消え、世界との関係は融和に向かったかにみえた。が、五輪という舞台では一党独裁国家の限界が露呈する。
≪不自然なネット規制≫
その最たる例は、五輪報道の拠点となるメーンプレスセンターで、中国当局が好ましくないと判断するホームページへのインターネット接続がいまだに規制されている事実だ。
中国当局は当初、五輪取材の報道陣にはネット規制を解除すると約束していた。にもかかわらず、規制は続行され、国際オリンピック委員会(IOC)の要望で英BBCのホームページ中国語版へのアクセスなど一部が改善されただけだ。新疆ウイグル自治区の事件のネットニュースも一時見られなくなった。チベット人権団体や法輪功などのサイトは現在も排除されている。
出稼ぎ労働者はすでに地方へ退去させられた。花壇で美化された北京では、オリンピック名物といえるマラソン沿道での応援風景も様変わりする。役所、学校、企業などの単位から選ばれたチームが大動員され、一般市民は沿道の後方へ追いやられるという。
胡錦濤国家主席は先日行った外国メディアとの会見で「五輪を政治的に利用しても、諸問題は解決しない」と述べたが、不自然に管理された五輪こそ政治利用ではないのか。
ふつうの人々が沿道わきに追いやられては、マラソンがマラソンではなくなる。市民の人権や生活を守り、表現の自由を保障し、テロや暴動を起こさせない政治を行うことこそ五輪精神にかなう。
17日間の北京五輪が、中国の多くの人々が真の国際標準を知る機会になることをのぞむ。