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【エベレストへの道】三浦隊との80日(4)
「チベットへの外国人の入域が、全面禁止らしいですよ」
「え、ホント?」
3月15日、アタック隊員の五十嵐和哉さん(48)、村口徳行さん(52)が先発隊として日本を出発するまさにその時。飛び込んできたチベット騒乱のニュースを成田空港で2人に伝えた。
「登れんのかなあ」
「ま、とにかく行って様子を見てみないとね」
結局入域禁止は解除されず、三浦隊はネパールでのトレッキングを終えた後、チベット側からの登頂を断念し、ネパール側に変更した。
クーンブ地方の交易の要所、ナムチェ・バザールで毎週土曜朝に開かれる市(バザール)には、チベット人も荷物を担いでやってくる。が、今回は全く姿が見られなかった。ナムチェの町では、こんな話も耳にした。
「中国人が、チベット人を探し回っている」
ナムチェ・バザールのトレッキング用品店の店主は、こう言って胸を張った。
店主によると4月9日、中国人の男1人がシェルパ1人を伴って来店。中国人が店に来たのは、これが初めてだったという。男はベースキャンプ(BC)へ向かうと言って太陽光発電パネルを購入後、分厚いリストをおもむろに取り出し、数人の個人名を挙げて「どこにいるか知らないか」「知り合いはいないか」などと尋ねてきた。
「何のためにそんなことをするんだ」と尋ねたが、男は答えなかった。「そういう目的でここに来たんだったら、今すぐ帰ってくれ」。店主が怒鳴ると、男はすっと出ていった。
「あれはたぶん、今シーズンのエベレスト遠征隊のメンバーリストだろう。遠征隊の中にチベット関連の活動家がいないか、探しているようだった」
ナムチェの町にはチベット人が交易のため、よくナンパ・ラ峠を越えてやってくる。だが、騒乱後は姿が見られなくなった。「チベットに戻ることもできなくなってるらしいよ」と町ではうわさが飛び交っていた。「中国人がネパール軍の人間に金や品物を渡していた。登山者の監視を中国側で仕切ろうとしているのでは」との情報もあった。
BCへ入る前は、「荷物チェックがあって、ダライ・ラマ14世の写真を持っていたら入れない」とか、「『フリーチベット』の旗を持っていると捕まる」とか、情報交換をした各国の登山家たちの間にもピリピリとした空気が漂っていた。三浦隊のシェルパのサーダー(頭)、ラクパ・テンジンさん(68)は、日本から送られてきた新聞の1面にダライ・ラマの写真が載っているのを見つけ、「それは隠さなきゃまずい」と血相を変えた。
とはいえ、エベレスト街道のバッティーにはダライ・ラマの写真が堂々と飾られていたし、絵はがきも売られていた。ネパールの独特のムードに乱れがないのが、私は何だかうれしかった。結局はチベットの取材ビザがおりなかった産経隊は、ダライ・ラマの写真入りのはがきを選んでBCから会社へ送ったのだが、なぜか届かなかった。(文・木村さやか 写真・早坂洋祐


