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ペリー黒船、船上パーティーに福山藩士2人潜入 広島県立歴史博で文書展示

2008.9.7 02:21

 幕末に開国を迫った米・ペリー提督が嘉永7(1854)年、横浜に停泊していた黒船で開いたパーティーに、2人の福山藩士が情報収集のため、身分を偽って潜入したことを示す文書が見つかった。同文書は、広島県福山市の県立歴史博物館で開催中の、福山藩主で日米和親条約を締結した老中・阿部正弘(1819〜57年)をテーマにした企画展で展示されている。

 福山藩士に関する記述は、同藩の儒学者・菅自牧斎(1810〜60年)の漢文集「時彦金石文集」に記載。同博物館が、子孫から寄贈された約1万点の史料を調べるなかで発見した。

 潜入した藩士は、石川和助(1807〜76年)と江木繁太郎(1810〜81年)。幕府の役人だけが招かれたパーティーに藩士が入ることは不可能だが、このとき2人は、ペリーと直接交渉した幕府高官の家来として潜り込んだ。当時、老中が福山藩主の正弘だったため、同博物館は「正弘が何らかの形で命令しなければ、入ることはできない」と分析する。

 文書では、中にいた清国人とのやり取りについて記載。主に江木が筆談で話を聞いており、清朝打倒を掲げて起こった内乱「太平天国の乱」に、英米を含む列強各国が、どのような対応をしているかといった清国情勢や、清は外国から砲術を学んでいるのか−などについて記してある。江木、石川、菅の3人は、儒学者・頼山陽に学んだ同門。このため、菅は江木から直接話を聞いたか、江木に近い人物を通じて一連の内容を知ったとみられる。

 同博物館は「当時は日米和親条約の締結直前で、両国関係者が比較的落ち着いていた状態。それでも、正弘が責任感を持ち、日本のため情報収集に努めていたことがわかる」としている。正弘の生涯をたどる企画展「阿部正弘への10の質問」は、28日まで開催しており、同文書を含む写真パネルなど約50点を展示。15日を除く毎週月曜休館。問い合わせは同博物館((電)084・931・2513)へ。

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