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【正論】麻生新政権に期待するもの 東洋学園大学准教授・櫻田淳 (1/3ページ)

2008.9.26 03:12
このニュースのトピックス正論

大久保利通の政治の流儀

 「大久保が斃(たお)れたのは、過去と争い、急進な将来と争い−久光・西郷と争い、板垣と争った結果であることは、一点の疑もない」

 戦前期を代表する自由主義知識人であった清沢洌が著した『外政家としての大久保利通』は、あるフランス人歴史家の大久保利通への評を引用して締め括られる。

 清沢は、戦時中、言論活動の機会を奪われ、外交史研究に専念する他はない境遇に置かれていたけれども、この書は、そうした時間における研究の所産であった。大久保の次男、牧野伸顕の娘を妻にしていた吉田茂は、この書に感銘を受け、清沢宛に謝意を込めた書簡を送った。

 清沢が与えた「過去と争い、急進な将来と争った」という大久保への評価は、政治という営みの意味、そして政治家の責任を考える上で誠に興味深い。

 大久保は、明治初年、岩倉使節団副使として訪欧した折、西洋列強の富強ぶりに接し、日本との「彼我の差」に衝撃を受けたけれども、帰朝後には日本を近代国家として離陸させることを急いだ。大久保が争った「過去」とは、近代国家・日本の離陸を妨げる諸々の事柄であった。

 廃藩置県に激怒した島津久光や「士族の魂」を重んじた西郷隆盛が体現したような「旧来の制度」や「旧来の価値観」は、そうした事例である。

 そして、大久保が争った「急進な将来」とは、日本が直面する内外情勢や「力の現実」を直視しない観念論である。板垣退助が相次いで唱えた「征韓論」や「自由民権論」は、そうした観念論の類であったのである。

「活力」の保持と構造改革

 そして、吉田茂もまた、戦後、被占領状態に終止符を打つ「講和」と敗戦の打撃からの「復興」とを最優先の課題として設定した。その上で、日本軍国主義の幻影という「過去」と争い、右派勢力の「再軍備論」や左派勢力の「全面講和論」という二つの「急進な将来」と争ったのである。

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