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【正論】防衛大学校名誉教授 拓殖大学海外事情研究所客員教授・佐瀬昌盛

2008.10.7 02:31
このニュースのトピックス正論

 ■新冷戦?いや「大戦前」的な発想

 ≪70年前のズデーテン危機≫

 8月のグルジア「5日戦争」はサーカシヴィリ・グルジア政権の南オセチア攻撃から始まった。ただ、グルジア・ロシア関係は4月ごろから極度に険悪化しており、モスクワはトビリシが先に堪忍袋の緒を切るのを待ち受けていた。だから、サーカシヴィリ政権はロシアのメドベージェフ/プーチン政権の思う壼に落ちたのだ。

 国際情勢はにわかに緊張、「新冷戦?」の声が高まった。が、私は新冷戦の文脈での議論に抵抗を感じる。なぜか。一般的な理解では冷戦とは第二次世界大戦後の事象だが、今回のロシアの行動はむしろ「第二次大戦前的」であるからだ。それに対応して、ロシアの周辺地域国の反応も冷戦期のそれとは随分違う。

 ロシアが軍事行動のため掲げた大義名分は、南オセチア内の「ロシア系住民の保護」だった。瞬間、私は1938年のヒトラーのズデーテンドイツ人政策を想起した。両者に共通するのは、「国外同胞の保護」なる発想である。第二次大戦前の発想だ。

 ヒトラーはオーストリア生まれだが、祖国がドイツとともに第一次大戦に敗れ、両国とも領土を大きく失うと、ドイツ国籍を取得。やがてドイツの「総統」となり、大ドイツ主義の実現を目指す。その第一歩が38年の「独墺合邦」だが、その前からズデーテン危機を画策した。戦勝国側が生み出した新生国チェコスロヴァキアのズデーテン地方には300万強のドイツ語住民がいた。ヒトラーは、この「国外同胞」は住地ごと「祖国復帰」すべきだと主張した。

 ≪「国外同胞保護」の帰結≫

 ベルサイユ体制に対するヒトラーの不満を気にした英仏伊首脳は同年9月末、ヒトラーとのミュンヘン会談で、ズデーテン地方の対独割譲という宥和策に出た。西欧の大国がそろって、自分たちが産婆(さんば)役をつとめたはずの齢20歳の小国チェコの犠牲で、欧州の平和を救ったと信じた。が、国際社会から「合法的」に同地方領有の認知を取りつけたヒトラーは、やがてチェコ全土を占領、属領化した。

 「国外同胞の保護」行動から南オセチア、アブハジアの独立承認、友好協力相互援助条約締結(実質的属領化)までのロシアの措置は、ヒトラーに学んだのではないかとさえ思わせる。いずれ両地域は「住民の意志」で、ロシアに迎え入れられるだろう。

 南オセチア危機とズデーテン危機には無論、相違点もある。つまり、(1)ヒトラーは国際連盟規約の「領土保全」義務に背いたが、5年も前に連盟を脱退していた。ロシアは安保理常任理事国なのに、国連憲章の「領土保全」を毀損(きそん)した。(2)グルジアの領土、国境を決めたのは国際社会ではない。ソ連消滅時のロシアだ。国際社会はそれを認めたまでのこと。この二点では、今回のロシアの行動の方がより悪質だとも言える。

 ≪大ロシア主義の予感≫

 8月下旬の上海協力機構会議で中国と中央アジア4カ国の首脳は声明で、ロシアが望んだ南オセチア、アブハジアの独立承認に同調しなかった。それどころか、「領土保全」原則に言及した。これらの国が分離独立論を勧奨したり、「国外同胞の保護」名目の武力行動に賛成したりするはずのないことは、各国の国情に照らして明白だ。モスクワはそれが見えないのか。

 より注目すべきはロシアの西方の隣接諸国の反応である。ポーランドとバルト三国の首脳はグルジア紛争発生と同時に、このうえなく厳しく、ロシアの行動を非難する共同宣言を発した。周知のように、この4国の対ロシア不信は冷戦にではなく、第二次大戦前に由来する。とくに、ロシア人人口の多いバルト三国は、「国外同胞の保護」という時代錯誤の声を聞くと、夜も眠れまい。

 4国はいまやNATO(北大西洋条約機構)加盟国だが、ポスト冷戦期のNATOはロシアとの武力衝突のシナリオをほぼ忘れ、兵力を再編してまで「同盟領域外」の危機管理に精を出してきた。条約に基づく「領域防衛」の保証は、とくに新加盟諸国の場合、紙の上だけのものに近い。これに気付き、「古典的」防衛の再建がNATOの急務だとの議論が喧(やかま)しい。

 ロシアの隣接国フィンランドとスウェーデンは、冷戦期には中立を堅持、揺らぐことがなかった。ところが、グルジア紛争以後、中立では危なく、NATO加盟を考えようとの声が急台頭している。スウェーデンのビルト外相も、ロシアの行動でヒトラーのズデーテン政策を連想したと語った。これも第二次大戦前の想起だ。冷戦の敗者たるソ連=ロシアにいまや大ロシア主義が台頭する気配を、ロシア西方の諸隣国は70年前の大ドイツ主義の記憶を辿(たど)りながら、直感しているのだろう。(させ まさもり)

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