MSN Japanのニュースサイトへようこそ。ここはニュース記事全文ページです。

ニュース: 政治 政局政策地方行政写真RSS feed

【列島深化論】藤原義則 渦中の大阪空港 変転の半世紀、再び水田が (1/2ページ)

2008.8.25 08:18
このニュースのトピックス橋下府政

 大阪万博翌年の昭和46年4月、産経新聞大阪本社採用の新人記者たちは、支局配属を前に大阪府豊中市の社員寮に宿泊しながら、研修を受けていた。最初の日曜日、部屋が震え、とてつもない轟音(ごうおん)がググッと頭を押さえつけた。表に出ると、真上に着陸寸前の大型ジェット旅客機が。腹からニョキッと脚が出た。怪鳥は次から次へ…。

 大阪(伊丹)空港は、B滑走路の完成で、まごうことなき花形空港へ。「国際線待合室」がヒットし、マーメードドレスが似合う歌手、青江三奈さんは、異国の空に消えた人を切々と歌い上げた。寮は北西直近の空港着陸コース下に入っていた。歌に痺(しび)れたが、耳も痺れ、騒音公害の行方が気にかかった。

 大阪空港は戦前、大阪第二飛行場として誕生。戦後、連合国軍に接収され、「イタミ・エアベース」として米空軍が駐留した。プロペラ戦闘機の傑作「P51」が訓練飛行を続け、毎朝、吹奏楽とともに、星条旗が掲揚された。後の大阪空港公害訴訟の原告団幹部で元豊中市議、岡忠義さん(74)が、中学校の英語教師として赴任したのは31年だった。

 返還された33年当時、周辺の豊中市服部地区は、「猪名川水系を利用した水田が青々と広がってました」。高度経済成長が始まる。阪神工業地帯の発展、家電メーカーの躍進…。大阪は地方から集団就職者を吸収した。人々の居住空間として、水田は徐々に埋め立てられ、文化住宅、建売住宅が林立した。

関連トピックス

PR
PR

PR

イザ!SANSPO.COMZAKZAKFuji Sankei BusinessiSANKEI EXPRESS
Copyright 2008 The Sankei Shimbun & Sankei Digital
このページ上に表示されるニュースの見出しおよび記事内容、あるいはリンク先の記事内容は MSN およびマイクロソフトの見解を反映するものではありません。
掲載されている記事・写真などコンテンツの無断転載を禁じます。