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【話の肖像画】56年前の夢特急(1)ヘルシンキ五輪陸上女子代表・星野綾子さん
■空路50時間以上かけ五輪へ
≪北京五輪の陸上女子百メートルに56年ぶりに日本選手(福島千里)が出場する。では56年前に出たのはだれか。当時日本新記録を打ち立てた吉川綾子さん(現姓・星野)の名前が時を経て再び駆けめぐった≫
−−56年前の五輪というと?
星野 ヘルシンキ五輪(フィンランド=1952年)です。大戦をはさんで日本が16年ぶりに出場を許された五輪。すごい昔の話でしょ。チーム最年少の19歳だった私がもう後期高齢者なんですから(笑い)。五輪出場はその前に日本新を出したことが大きかったですね。
−−「人見(絹枝)嬢の記録破る」と報じられました
星野 百メートルで12秒フラットの日本新。人見さんの日本記録12秒2を23年ぶりに塗り替え、ロンドン五輪(1948年)2位に匹敵する記録だったんですから、自分でもびっくり。舞台は五輪前年の広島国体。私は帝塚山学院短大1年でした。
−−帝塚山学院で陸上を?
星野 父(良一さん)が「陸上だけ強くてはだめだ、女性としての素養が大切」とほかの誘いを断って陸上部のない帝塚山へ。練習メニューは日本陸上のヘッドコーチ、織田幹雄さんがつくってくれたんですが、練習場がない。きょうは大阪の競技場、明日は京大グラウンドと練習場を転々とする日々でした。
−−それでも五輪は2種目で代表になりました
星野 百メートルと走り幅跳び。同じ代表候補の杉村清子選手が結核で出場できなくなったことは残念でした。食糧難の時代にスポーツをするのは大変だったということですね。
−−五輪には飛行機で?
星野 戦前の五輪は船でしたが、さすがに飛行機の時代ですよ。小さなプロペラ機で羽田をたちまず沖縄へ。その後バンコク−カラチ−バスラ−ローマを経由し、合宿先のストックホルム到着まで50時間以上かかりました。給油のたびに待機。空港の外に出てヤシのかげで星空を見ながら寝ころんで「がんばろう」と。大試合を前に胸を躍らせていましたね。(大家俊夫)
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【プロフィル】星野綾子
ほしの・あやこ 昭和8年、大阪市生まれ、75歳。芦屋女高、帝塚山学院短大卒。百メートル12秒0の記録は、依田郁子選手が破るまで10年間日本記録だった。四百メートルリレー、八百メートルリレーでも日本記録。引退後は芦屋女高教師、産経新聞記者に。東京五輪コンパニオン、世界陸上式典表彰係などを歴任。現在、東京都内在住。

