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【産経抄】8月9日

2008.8.9 03:12
このニュースのトピックス産経抄

 赤塚不二夫さんが中国大陸の万里の長城近くで生まれたころ、父親は特務警察官だった。抗日ゲリラ対策で旧熱河省の僻地(へきち)を転々としていた。家にはピストルや手榴弾(しゅりゅうだん)が置かれ、母親は何かあったらこれで死ぬよう、言われていたそうだ。

 ▼終戦時には奉天(瀋陽)の消防支所長だったが、ソ連軍によりシベリアに送られた。当時10歳だった赤塚さんは母親に手を引かれて日本に帰る。中国から引き揚げた漫画家らが綴(つづ)った『少年たちの記憶』という本に書かれた、重々しいまでの赤塚さんの生い立ちである。

 ▼しかし赤塚さんの漫画に出てくる人物たちは、それと対照的なほどに明るく軽やかだ。バカボンのパパだけでなく、やたらピストルをぶっ放す不良警察官もまったく憎めない。ヤクザの親分、ギャング、ドロボウといった「悪党」たちもどこか抜けていて人が良いのだ。

 ▼7日に行われた赤塚さんの告別式で、赤塚さんに才能を見いだされたタモリ(森田一義)さんが弔辞を捧げた。それによれば、赤塚さんの生活はすべてギャグだった。「すべての出来事、存在を前向きに肯定し、受け入れる」というのがその考え方だったという。

 ▼その結果、人間は重苦しい陰の世界から解放され、軽やかになる。そのとき、その場が異様に明るく感じられると述べた。ひょっとしたら、赤塚さんは心の底に残る少年時代の重苦しいものを吹き飛ばすため、あんな明るいキャラクターを生み出したのかもしれない。

 ▼そればかりでなく、昭和後期の社会の良いも悪いもすべて受け入れ、ギャグで明るく軽く変えたような気がする。だがタモリさんの方は、ギャグを完全に封印して弔辞を読んだ。それがいっそう、悲しみの深さを物語っているように思えた。

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