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【街物語(33)】「原爆の火」守り続けて… (3/3ページ)
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達雄は、自分が広島から持ち帰った火に対して生涯、相反するような複数の感情を持っていた。
80歳を過ぎた達雄に向かって、知人が「火は村が維持してくれるから安心して死ねるだろう」と言ったとき、「おれはそんな薄情な男じゃない。敵を討つと広島でたくさんの人と約束したんだ」と怒鳴ったという。拓道が原爆の話をすると、「お前に何が分かるか」と杯が飛んできたこともあった。
一方で、寝たきりになった晩年でも戦争のニュースが流れると立ち上がり、「これではいかん」と怒りをあらわにした。「人間同士が殺し合うような愚かなことは、もうそろそろやめないかん」。達雄は最期、そう言って息を引き取ったという。
「父は『死ぬまで“戦争”を肩から下ろせなかった人』。戦争や平和について自分で考え、それを否定し、また考えるという繰り返しだったのだと思います。だからこそ、持ち帰った火を単純にとらえることができず悩んでいたのだと思います」
住職でもある拓道は、父を「悟りきれなかった人」と表現するが、決して見下しているわけではない。
「私は、悩みながら生き抜いた父に人間としての強さと弱さを感じます。しかし人間のその悩みながら生きる姿こそが、戦争を抑止できる一番の力になるのではないでしょうか」
8月6日。今年もまたヒロシマがやってくる。「達雄の火」は今も語りかけ続けている。=敬称略
(文・写真 加田智之)






