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【停車場ストーリー】東急東横線・目黒線 田園調布駅 復元されたハイソな旧駅舎、“パリ風”街並みのシンボル (1/2ページ)
屈指の高級住宅街、田園調布(東京都大田区)。扇形の街並みはあまりに有名だが、その中心に位置するのが、街のシンボルで、住民からもこよなく愛されている田園調布駅の“駅舎”だ。
駅の地下化に伴い、旧駅舎は平成2年に取り壊されたが、住民の強い要望で12年、同じ場所に復元された。フランスのマンサード・ルーフ型という古典建築様式で、まるで絵本から出てきたようなたたずまい。現在は駅舎としての機能はないが、改札に通じるエレベータが設置され、2階は会議室として使われている。
「これほど地域との距離が近い駅も珍しい」と同駅の冨田昌男駅長が語るように、田園調布と駅は、街の誕生から密接に関係してきた。
田園調布は大正12(1923)年、日本資本主義の父、渋沢栄一が田園地域の自然環境と都市の利便性を兼ね備えた理想の「田園都市」として造成を計画。同年、何もない土地に鉄道(目蒲線、平成12年に目黒線と改称)を通して駅を設置。西口にはパリの凱旋(がいせん)門周辺をモチーフに、扇形の美しい街並みを整備した。
1区画600平方メートルを超える広い敷地。庭や通りにはさまざまな木々が植えられ、緑にあふれた住環境が整えられた。田園調布会の国分繁子会長も「今では区画が分割され緑も減ったが、昔は都心から帰って駅を降りると3度は涼しく感じた。それだけ緑も多かった」と往時を懐かしむ。
昭和2年には東横線も整備され、電車の本数が増えると、駅の東西を結ぶ踏切が「開かずの踏切」と言われるようになる。事故も多かったため、東急は田園調布の小学生に改札を無料で通れるパスポートを配布。小学生はそれを駅員に見せ、駅構内を通り抜けて登校していたという。
「昔は駅が今よりも身近だった。雨が降っても、駅に傘を預けておけば主人に渡してもらえた」と国分会長。










