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【正論】朝鮮民族の復讐のカタルシス 筑波大学大学院教授・古田博司 (1/3ページ)
拉致と竹島支配の共通性
言いにくいことだが、北朝鮮による日本人拉致と韓国による竹島実効支配は、人間と領土という違いこそあれ、じつは朝鮮民族の日本に対する意識の地平においては同じものである。それは、日本の主権を侵して奪い去ってやったという彼らの「復讐(ふくしゅう)のカタルシス」に由来するものであり、過去の被植民地化という恥辱から生ずる、ストレスやコンプレックスの解消の素材であり続けていると言わねばならない。
ここに彼らがこのカタルシスを手放すことがなかなか難しい原因があると思われる。
ならば韓国相手の竹島の方は、国際司法の場で民主的に決着をつければ良いではないかと、人は言うかもしれない。しかし、国際社会というのは本来アナーキーなもので、出てこいと言われて、負けると分かっている法廷に、のこのこと出かけていく者もいなければ、召喚を命令できる明確な主体も存在しない。
人間は理性にのっとっていれば、普遍的な価値観を共有でき、国際正義に基づく解決が当事者間の紛争を未然に防ぐのだというモダンな理想は、「後近代(こうきんだい)」の現代ではもはや夢をさそう物語にもならないのではないだろうか。
「反日のうねり」に転化せず
ここのところの中学社会科の新学習指導要領の解説書における竹島問題をめぐる韓国民の反応も、日本の一部マスコミの期待にもかかわらず、1980年代のような大きな反日のうねりには転化しなかった。韓国でもようやく後近代が本格化しつつあり、誰かが普遍的な価値観をになって人々を扇動できるような時代がもう終わったということなのである。
すでに手に入れているのだから、なにを騒ぐ必要があるのかと、効率性をまず考えるのがポストモダンな生き方というものである。だから韓国政府は実効支配が完璧(かんぺき)だという政治的パフォーマンスを演じればそれで済むのだろう。

