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松本零士インタビュー「夢は宇宙へ」(4)「亡国の民」の思いを実体験 (1/3ページ)
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−−愛媛での疎開生活の後は、生まれ故郷の九州に戻られました
松本 小学校3年生のときでした。久留米ではなく今度は小倉(現・北九州市)で、ボロ長屋に住んでました。父は公職追放の身でしたので、露天の八百屋をやっていました。
−−九州での生活は
松本 漁師のせがれが同級生で、関門海峡で貨物船の“腹くぐり”なんかをやっていました。その後沖に出て、魚礁になっている沈没船で魚を捕まえるんです。一応サオも持っていったんですが、針をほうり込むだけで魚が引っかかってくる。ハゼやら何やら、手づかみに近い状態。とった魚を家族が食べてくれるのがうれしかったですね。
−−戦後の混乱期でした
松本 小倉にいるときは亡国の悲哀というものも味わいました。通りを進駐軍の戦車が轟音(ごうおん)を立てて走っていくのを見るとね、小3〜4のガキでしたけど、涙で目の前がかすんでくるんですよ。最も嫌だったのは、米兵にこびを売る日本人を見ることでした。
−−そうでしたか

