ニュース: エンタメ RSS feed
【ヅカファン必見】轟悠の素顔(5)芸名決まりいざ大劇場へ (1/2ページ)
このニュースのトピックス:ウイークエンド「MSN産経ニュース」
入学直後にホームシックにかかった轟だが、祖父の叱責(しっせき)から闘志に火がつき、以後は音楽学校での歌やダンスの練習に没頭した。休日に学校以外のレッスンを受けたり、授業後に成績の良い同期と寮のレッスン室に通い、苦手だった声楽とタップダンスを何とか克服した。
日を追うごとに上達していく実感はあった。ただ、体調が優れず、当時は貧血症がひどく、朝起きるのがやっと。同部屋の愛華みれ(平成13年退団)に起こしてもらった後、「もう少し眠らせて」と頼み込むこともあった。
それでも同期に後れを取るまいと学校を休むことはなかった。充実した日々はあっという間に過ぎたが、2年目の秋、轟の頭を悩ませる出来事が起きた。
タカラジェンヌの芸名は生徒自ら決めるのがしきたりで、卒業公演にあたる文化祭に向け、歌劇団に希望を提出。ふさわしいと認められれば、パンフレットに本名と芸名が掲載された。
轟はまず熊本の実家に意見を求めた。しかし、兄が挙げた候補はどれも悪ふざけとしか思えないものばかり。「いつきさやか」は近所のお茶屋で販売されていた新茶の商品名。地元の名産である椿の花にヒントを得た「あんこつばき」も演歌歌手のようだった。
「漢字2文字がいいと思っていたのに、兄は私の考えを無視するんですね。ちっとも真面目に考えてくれなくて頭に来ました」
祖父が縁起の良い画数だと考えた「安麗」も候補に挙がった。しかし名字は全体のバランスを考えて「轟」にし、父の名前から「祐」の1字をもらい、読み方が同じ「悠」に決めた。

