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【人、瞬間(ひととき)】あのとき 落語家・桂文珍さん(59)(上) ■震災直後、癒やされたのは… (1/2ページ)
■震災直後、癒やされたのは…
「落語家として、しっかりやらなければ。本当にそう思ったのは、あの地震のときです」
高座でいつも見せているにこやかな笑顔が一瞬、引き締まった。平成7年1月17日の阪神・淡路大震災に話が及んだときだった。神戸市内の自宅で夜明け前、震度7の激しい揺れに襲われた。
「何が起きたか分からなかったんですよ。六甲の山が崩れたのか、大きな戦争が起きたのか…。地震と分かったのはしばらくしてからでした」
幸い家族は無事で、自身にもけがはなかった。しかし自宅は半壊。外に出ると、あちこちで家が壊れている。とんでもない事態に体が震えた。その日から「被災者」としての暮らしが始まった。
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被災しても人気落語家であることは変わらない。地震の起きたその週も大阪市内の演芸場、なんばグランド花月で出番があった。電車はストップしている。道路は緊急車両や救援物資を満載した車であふれている。弟子に買ってきてもらったミニバイクにまたがり、極寒の中、大阪を目指した。
「武庫川、神崎川、淀川と川を渡っていくと、だんだん風景が変わって、正常になっていく。こっち(神戸寄り)はひどいことになっていて、着の身着のままの被災者ルックやのに、向こう(大阪寄り)ではスーツを着て、普通に仕事をしている」
複雑な心境になった。楽しく落語を聞いて癒やされたいのはこっちや。小さな怒りをくすぶらせて楽屋に入った。そんな状態で自分の芸がどうなるのか不安もあった。しかし、やるしかない。心の整理がつかないまま高座へ。ただ、懸命にしゃべった。
「お客さんが笑ってくれる。すると、しゃべっているこちらの心が癒やされてくる。落語というのは落語家がお客さんを楽しませるだけでなく、落語家もお客さんから元気をもらえる。双方向のものなんだな、ということに初めて気がついた。ああ、私はこれ(落語)でしか生きていけない、と思いました」

