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【話の肖像画】東西とーざい(3)演劇研究家・河竹登志夫さん
■「作者」は継げない
−−河竹黙阿弥(かわたけもくあみ)の芝居は死後100年以上たった現在でも人気が高く、上演回数も多い。どこに魅力があるのでしょう?
河竹 伝統劇の課題のひとつはテンポが遅いことですが、黙阿弥の芝居はテンポが速い。せりふがだらだらしていない。センテンスが短い。これは、まさに現代劇ですよ。かつて、井上ひさしさんが、黙阿弥の芝居を現代劇に書き換えるのは不可能だと言っていました。そのまんまが現代劇だからでしょう。テンポとリズムと色彩感覚が、現代にマッチするのでしょうね。それから、個々の人間が生き生きと書かれている。「生きている江戸」が黙阿弥の芝居の中にあるのです。だから、言葉(せりふ)は大事。本来は、「縁起=いんぎ」「棟梁=とうりゅう」「茹で蛸=うでだこ」と黙阿弥が書いた通りの正しい江戸の言葉でやらなくてはなりません。
《河竹黙阿弥(1816〜93年)江戸末期から明治にかけての歌舞伎狂言作者。坪内逍遙は「日本のシェークスピア」と高く評価した。主な作品に「三人吉三」「白浪(しらなみ)五人男」「魚屋宗五郎」など》
−−黙阿弥といえば、「白浪(盗賊)もの」ですね
河竹 悪は悪ですが、黙阿弥は庶民の目で、心で書いている。だからこそ喜ばれるのでしょう。自分だって義賊になってみたい、という心境になる。その点、近松(門左衛門)は、武家の出だからか、少し視点が違いますね。
−−黙阿弥はどんな「存在」でしたか
河竹 ひとつは、先祖(河竹登志夫氏の父、繁俊氏が黙阿弥の娘の養嗣子(ようしし))としての存在。ただ、「作者の家」に生まれたという重圧はまったくありませんでした。そもそも、役者は継げるが、作者は継げるものではない。もうひとつは作品に対して。著作権は私が生まれた年に切れていましたから、守る義務はないし、お金が入ることもありません(苦笑)。
しかし、負け惜しみではなく、黙阿弥の芝居は万人のもので個人のものではない。それは近松も、シェークスピアも同じでしょう。近松や(鶴屋)南北と同じように、歌舞伎が残る以上、残ってゆくものです。中には黙阿弥の作品をアレンジしようとする人もあって当然。子孫として文句を言う筋合いじゃありませんね。(喜多由浩)
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【プロフィル】河竹登志夫
かわたけ・としお 大正13年、東京生まれ。早稲田大学教授、日本演劇学会会長などを歴任。文化功労者。江戸歌舞伎作者、河竹黙阿弥の曾孫。

