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【わが道わが友】嘉悦大学学長・加藤寛氏(3)

2008.8.14 03:29
このニュースのトピックス雇用・失業
土光臨調第4部会の報告について記者会見する土光敏夫氏(左)と加藤氏=昭和57年5月、東京・永田町土光臨調第4部会の報告について記者会見する土光敏夫氏(左)と加藤氏=昭和57年5月、東京・永田町

 ■硬骨漢が集まり「国鉄民営化」を実現

 昭和50年代、「現実の社会に役立つ学問」を実践しようと、行政改革にかかわるようになった。56年に、元経団連会長の土光敏夫氏が会長を務める土光臨調(第2次臨時行政調査会=中曽根康弘政権下で答申した)が発足すると、私は国鉄改革を担当する第4部会の部会長を任された。

 土光さんは生活が質素というイメージが強いが、それは本当だ。家に行ってもテレビも冷暖房もなかった。当時、85歳。行政管理庁長官だった中曽根元首相が会長就任を頼んでも、「(高齢で)辛い」と固持していたのが、「国のためです」と言われて引き受けた。いったん引き受けたら、断行する意志の強さはものすごかった。

 国鉄改革に関しては「(かかわった人が)何人も殺された」という話も聞いていて、身の危険を感じた。警察官が警護してくれたほか、電車を待つときはホームの端に立たないことを徹底させられた。帽子やひげで変装するように勧められもした。

 第4部会は仲間が良かった。瀬島龍三さん(元伊藤忠商事会長)や住田正二さん(元運輸事務次官)、牛尾治朗さん(ウシオ電機会長)、佐々木晴夫さん(元総務庁行政管理局長)、田中一昭さん(拓大名誉教授)、さらに評論家の屋山太郎さん、山同陽一さんら硬骨漢が非公式に夜ごと集まり、国鉄改革の方向性を論じ合った。瀬島さんの改革論は、日露戦争でなぜ、乃木将軍が二百三高地を陥落させられたかに始まり、一点突破の重要性を説く、という感じだった。

 田中さんは国鉄内部の改革派10人を連れてきてくれた。内部情報がないと、とても具体策などできないからだ。中でも急進的だったのが松田昌士(まさたけ)さん(元JR東日本会長)、葛西敬之(よしゆき)さん(JR東海会長)、井手正敬さん(元JR西日本会長)の3人だ。彼らは国鉄本社の近くでタクシーを拾うと会社にわかってしまうというので、離れた所から乗り、降りた後も周りを確認するなど大変だった。

 国鉄再建監理委員会を国家行政組織法に定める3条機関にするか、8条機関にするかの決断もポイント。中曽根さんを始め、行政処分権限を持つ3条機関の方がいいという意見が強かったが、私は権限があっても、新しい機関では力を発揮できないと思った。諮問機関を意味する8条機関にして、その意見を尊重するように担保すればいいと考え、そのように調整した。

 現在のJRグループが発足したのは62年。中曽根さんも私も、当初は「できるはずがない」と思っていた国鉄民営化だが、仲間のチームワークが実現させた。

 今は、国家公務員制度改革の動きがあるが、大事な視点が欠けていると思う。それは「官僚は絶対に失業しない」という仕組みを変えることだ。失業保険をつくれば、天下りもなくなるだろう。

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土光臨調第4部会の報告について記者会見する土光敏夫氏(左)と加藤氏=昭和57年5月、東京・永田町

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