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【経済が告げる】編集委員・田村秀男 ドルという飛銭と世界危機
五輪メダルを彩る金、銀、銅は本来の貨幣だったが、唐の帝国は実物から遊離した紙のおカネ「飛銭」を発明した。それを飛躍的に発展させた元は統一紙幣によって世界を支配したが、帝国は紙幣乱発とともに滅んだ。以来、近代の大英帝国であろうとも、金、銀の裏付けがある「兌換(だかん)」紙幣でなければ世界に君臨できなかった。
兌換できない紙幣が世界通貨として復権したのは1971年8月のこと。ニクソン米大統領(当時)がドル・金の交換停止を発表して以来、米国は紙切れで世界を主導する歴史上2番目の世界帝国になったが、ドル危機は繰り返し起きる。ドルが暴落したらどうなるか。
米兵は、値打ちがどんどん下がるドル札を那覇、東京・六本木のバーやホテルで受け取ってもらえなくなる。イラクでもアフガニスタンでもドルで物資を調達できなくなる。米国は全世界に張り巡らせた軍事基地を維持できず、世界の秩序は一夜にして壊れる恐れが生じる。だからまともな世界の指導者は何かあればドルを支える。
昨年8月の低所得者向け高金利型住宅ローン(サブプライムローン)危機に始まる金融不安の波は、米連邦住宅抵当金庫(ファニーメイ)と連邦住宅貸付抵当公社(フレディマック)の経営不安の表面化でいよいよ本丸に迫った。両社は米住宅ローン総額の半分近い5兆2000億ドル(約550兆円)を引き受けている。赤字国債を発行して公的資金を注入すれば米金融市場の要である米国債は市場で氾濫(はんらん)し、FRB(連邦準備制度理事会)がドル札を刷って両社を救済すればFRBの信用がおぼつかなくなる。
「外貨準備を融通して米国の公的資金注入を支援することもありうる」(渡辺喜美金融担当相)非常事態だ。日本の外準は1兆ドルを超えるが中国は1兆8000億ドルもある。当座の公的資金必要額の数百億ドルは軽く賄える。「確かに中国も誘い込めば、米金融市場の動揺は治まる」(米国務省筋)
だが、それも甘い考えかもしれない。今回のドル危機の構造はかつてのとはかなり違うからだ。米国は2000年初め以来の住宅ブームを原動力に、ドルを「デリバティブ」(金融派生商品)と呼ばれる金融市場で爆発的に増殖させてきた。デリバティブとは原油などの商品から金利、通貨、天候、景気指標などに至るまで、変動する事象の将来をすべて賭けの対象にするマネーゲームである。
実は2社の赤字の大半は、住宅金融の焦げ付きからではなくデリバティブ取引の損失からきている。デリバティブの市場規模は昨年末596兆ドルと実に世界のGDP(国内総生産)の10倍以上、胴元になっているのがJPモルガンなど米銀や欧州の大手金融機関、その主力の取引先が連邦住宅抵当公社2社。デリバティブ市場で動き回る余剰マネーは原油や穀物先物相場を高騰させては世界各地で暴動や農民・漁民のストを引き起こすかと思うと、今度は住宅抵当公社の経営危機を引き起こし、とどのつまりがドルそのものを襲う。まさしく「デリバティブは大量破壊兵器」(全米一の投資家、W・バフェット氏)である。
現代のドル危機とは、しょせんは金銀との結びつきを断った「飛銭」なのに、束縛がないことを良いことにコンピューターという技術革新をベースに極端に膨張したことから生じている。ドルが暴落すれば世界が壊れる。さりとて暴落しなければ、その狂態は続く。今の世界不安は実はまだ始まったばかりなのだ。(たむら ひでお)