ニュース: 経済・IT RSS feed
【わが道わが友】アサヒビール会長・池田弘一氏(4)
■総合酒類化と海外展開強化目指す
九州は全国の中でもアサヒビールに高いご支持を頂いていた地区で、特に勢いがあったのが宮崎県だった。宮崎県は、医療法人十全会による株買い占め事件の後で大株主になってもらった旭化成の本拠地。同社の山口信夫副社長(現会長)らが「アサヒ愛飲運動」を展開してくれたおかげだった。私が社長になった平成14年に協和発酵と旭化成の焼酎事業を買収したが、協和発酵は金融機関の仲介だったのに対し、旭化成とは直接話をさせていただいた。30代のころに営業に通い、九州地区本部長としてもお世話になるなど、旭化成とは縁が深い。
「スーパードライ」のおかげでビールのシェアは10年に全国首位となったものの、発泡酒も含めた「ビール類」となると依然としてキリンビールの後塵(こうじん)を拝していた。発泡酒に参入するべきか否か。それがアサヒの最大の課題になった。
結局、スーパードライとはタイプの違う味覚の発泡酒「本生」が完成し、福地茂雄社長(現NHK会長)の下で13年2月に発売。本生は絶好のスタートを切り、ついに13年にビール類でもキリンを抜いて首位の座を獲得した。
翌年1月に社長に就任した私は、総合酒類化と海外展開の強化を目指した。協和発酵や旭化成の焼酎事業買収のほか、ニッカウヰスキーと営業統合した。その結果、さまざまな経歴の人がアサヒの社員になったが、スーパードライで急成長する過程で中途採用者が増えたので違和感はなかった。今でも社員の3割弱は中途入社だと思う。
海外のビール事業では、すでに手掛けていた中国に続き、「シンハ」ブランドで知られるタイ最大のビール会社、ブンロートと提携した。飲料事業でも、韓国のヘテ飲料を連結子会社にしたほか、16年には中国の食品大手である康師傅(カンシーフ)と伊藤忠商事、アサヒの3社合弁で清涼飲料会社を設立した。現在、この合弁会社は中国でコカ・コーラに次ぐ飲料メーカーに育っている。
カンシーフとの交渉では伊藤忠の丹羽宇一郎社長(現会長)にお世話になった。アサヒの負担分だけで380億円という大プロジェクトを2カ月半で決断できたのも、丹羽さんのおかげだ。丹羽さんとは年に数回、お酒やゴルフでの交遊が続いている。
18年に会長に就任するまで財界活動には熱心ではなかったが、経済同友会の北城恪太郎代表幹事(当時)に「これは経営者のボランティアだ」と、地方行財政改革委員会の委員長就任を請われ、お役に立てるならと引き受けた。その後、今年4月まで同友会の地域経済活性化委員会委員長を務め、日本経団連では道州制推進委員会共同委員長の任にある。私は地方勤務が長かったので東京と地方の格差は実感している。地方が元気になるために、少しでもお役に立てればと思っている。
(財川(たらかわ)典男)
◇
※次回23日からは、大成建設会長の葉山莞児氏です。

