MSN Japanのニュースサイトへようこそ。ここはニュース記事全文ページです。

ニュース: 文化 皇室学術アートブックス囲碁将棋写真RSS feed

【青雲の大和】(315)二つの祖国 (1/2ページ)

2008.9.7 03:58
このニュースのトピックス青雲の大和

「どうやらおれは、玄理(げんり)のお守り役で選ばれたようだな」

 船が難波(なにわ)の港をでると、薬師(くすし)の恵日(えにち)が近づいてきていった。

「なにをいうか、そんなことではない」

 港の高台で見送ってくれている人々の列に眼をやりながら、玄理(くろまろ)は恵日の笑みをふくんだことばにまともに応じた。

 恵日は聖徳太子によって選ばれた玄理ら八人が、留学生として隋(ずい)にわたったあとを追って、医学、薬学を修めるため送られてきた男で、長安で十年余り、ともに勉学にはげんだ同僚である。

 成績優秀な恵日は、聖徳太子が亡くなった翌年にまっさきによびもどされたが、そのごは薬師としてだけでなく、若手の外交官としても活躍し、犬上御田鍬(いぬかみのみたすき)がはじめての遣唐使となって長安にやってきたときは、恵日は副使として従ってきている。遣唐副使の役は、こんどで二度目なのである。

「いや、玄理は知らんのだよ、おれがおぬしの下の副使に任じられたわけを」

「どういうことだ、いってみろ」

 皆のまえでは、玄理は全使節団を統べる立場の押使(おうし)としての話し方をしているが、二人だけのときは元留学生の仲間うちのことばにもどしている。

「このまえ、おぬし、飛鳥の河辺(かわら)の宮で倒れたろう。あの直後だぜ、おれが使節団に加わることになったのは」

 たしかに副使のほかは皆、そのまえから決まっていた。副使については、玄理が急病で倒れ、しばらく休んでいたあいだに、中大兄皇子(なかのおおえのおうじ)と鎌足(かまたり)のあいだで人選がおこなわれたのである。

「中大兄はわざわざ河辺の宮におれをよび、こういわれた。くれぐれも玄理師(げんりし)をおねがいすると。その席には、鎌足どのもひかえていたぞ」

 はじめてきく話だった。そういうことであったのかと、玄理は思った。

 恵日はもう二十四年もまえに、遣唐副使の役をはたした男である。その者をなぜ、いままた副使として、玄理の下につけなければならないのかという疑問は、これで氷解する。

★★★「青雲の大和」最新連載と一覧はこちら★★★

PR
PR

PR

イザ!SANSPO.COMZAKZAKFuji Sankei BusinessiSANKEI EXPRESS
Copyright 2008 The Sankei Shimbun & Sankei Digital
このページ上に表示されるニュースの見出しおよび記事内容、あるいはリンク先の記事内容は MSN およびマイクロソフトの見解を反映するものではありません。
掲載されている記事・写真などコンテンツの無断転載を禁じます。