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【青雲の大和】(312)二つの祖国 (1/2ページ)
大和と唐は玄理(くろまろ)にとって、二つの祖国である。この二つの祖国を永遠の盟邦として結びつけて死にたい。
これが玄理の願望であり、最後の任務になるであろうことを玄理は覚悟している。
しかし、それをやりおおせるには、非常な困難がともなうのは確かだった。
おそらくあの唐帝李世民(りせいみん)を除いてほかに、個人の力でこれを成せる者はいないだろうと思われる。
−−貞観(じょうがん)の治(ち)、
とよばれる理想の時代を演出してみせ、その英邁(えいまい)さを臣民に強烈に印象づけた李世民であれば、これを国是として子々孫々にまで従わせることができるというものである。
しかし、李世民は先年、五十三歳で死んだ。むりな高句麗(こうくり)征討で陣頭指揮をとったために、みずからの肉体をいためつけたのが致命傷になったといわれている。
その報に接したとき、玄理は自分が歩む先に、ぼっかりと大きな空洞ができたような思いにとらわれた。きのうまで巌(いわお)のようにそびえていたものが、きょう朝露(あさつゆ)とともに、ふっと消えてしまったような、そんな無力感だった。
玄理だけではない。死んだ日文(にちもん)も、いまは南淵(みなぶち)に隠棲(いんせい)している請安(しょうあん)も皆、唐帝李世民の神のように巨大な存在を意識せずにいられなかったのである。
摂政(せっしょう)の聖徳太子によって隋への留学生にえらばれ、玄理らが大陸にわたって九年目、弱冠二十歳の李世民は長安に無血入城を果たし、二十万の大軍をひきいて城内に乗りこんできた。あのときの馬上、まばゆいばかりに光りかがやく姿を玄理は、いまだ忘れられないでいる。
いつかは大和に帰って青雲の志をはたし、大和の勅使となって長安を訪れ、皇帝李世民とあいまみえるであろうことを、玄理は心のなかでずっと夢想してきた。
それが実現しそうになったとき、あっけなくその巨大な相手が消えてしまったのである。