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【青雲の大和】(311)二つの祖国 (1/2ページ)
「兄上にもうしあげるが、あるいはもう、この世でおめにかかることはないかもしれない」
そのときはじめて玄理(くろまろ)は、ここ高向(たかむこ)にくるまでに覚悟してきたことを口にした。
「うむ、急にどうしたのだ」
長兄、漢麻呂(あやまろ)が眼をしばたたいてみつめてくる。
「明後日には、難波津(なにわづ)に行き、船に乗らなければなりません」
前年末に唐から帰ってきた北まわりの遣唐使船である。
改新政権がつくった二艘(そう)の巨船のうち、南まわりの一艘は嵐に遭って難破した。百二十人の使節団で助かったのは五人だけという、空前の大惨事については兄もむろん知っている。
「こんども南から行くのか」
それを案じて、兄はきいた。
「いえ、そうではありません。北まわりですから、唐と高麗(こま)の戦いにまきこまれないかぎり、案じることはないと思っております」
「ならばなぜ、もう会えないなどといいだすのだ」
恩のある兄に別れのあいさつを、というつもりで高向に帰ってきたのは確かだが、なぜこれが今生(こんじょう)の別れになるのか、と問われると、玄理もはっきりとは答えられない。
「そのまえにおききしますが、わが高向の一族はざっと二百年まえに、大陸から渡ってきたということでしたね」
「そう、出自は江南(こうなん)の呉(くれ)だときいている」
玄理のからだに、二つの祖国の血が流れていると感じたのは、隋への留学生となってはじめて大陸の土をふんだときだった。そのときのなぜかわからない身がふるえるような感動は、それから四十数年にもなるのに、いまだ忘れられない。
−−二つの祖国のために、自分のこの命を捧げたい。
以来、その思いは玄理の胸にもえつづけている。
「大和の勅使として、こんど長安にまいりましたら、大和と唐の二つの国を友誼(ゆうぎ)をもって結びつける役割をはたしたいと考えているのです」
「皇帝に会うということだったな」