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【青雲の大和】(310)二つの祖国 (1/2ページ)
出された膳(ぜん)には、蓮(はす)の実のはいった強飯(こわいい)のほか、鹿の細切り肉や、温かそうなかす汁の糟湯酒(かすゆざけ)などがならんでいる。
ひさしぶりに帰ってくる玄理(くろまろ)のために、嫂(あによめ)が用意した心づくしの食膳である。
「いやあ、うまい。飛鳥にはこういうもの、ありませんからね」
若い田辺鳥(たなべのとり)は注(つ)がれた白酒(しろざけ)を口にしながら、片っ端からたいらげていく。
「恥をもうすようだが、十年まえであれば、おいでをねがっても、食べていただくものはなにもなかった」
飛鳥育ちの田辺にむかって、長兄漢麻呂(あやまろ)が話しだした。
「米びつは底をつき、稗(ひえ)、粟(あわ)さえもなく、一族皆がまこと、あすをも知れぬありさまでありました」
玄理にも空きっ腹で、やるすべなかった十代のころの暗澹(あんたん)とした記憶がある。兄はそんな日々でも、おまえは勉学にはげめ、生計(たずき)のことは考えるな、といってくれていた。
「やはり大化改新からですな、世の中がにわかによくなったのは。とにかく蘇我(そが)も平群(へぐり)も大伴(おおとも)もない、皆が皆、ひとしく男は二段(たん)、女はその三分の二の田畑が国からもらえるのだから、こんなありがたいことはない。きっとこれは、天(あま)つ神のなされる政(まつ)りごとであろうと、皆いいあったものだ」
「あっ、その天つ神が、きょうは帰ってきておられるわけで……」
白酒に顔を染めた田辺が、陽気に声をあげたので、皆が笑った。庭先にひざまずいて、みあげている里の者にもきこえたのか、楽しげなさんざめきがひろがっていく。
「あえて訊(き)きますが、ほんとうによくなりましたか」
玄理は長兄にいった。われ知らず、声はきびしくなっている。
「よくなった」
漢麻呂は力をこめて答えた。
「政りごとがこれほどありがたいものであるとは、大化改新まで皆、知らなかったのだ。税が一段に稲二束(そく)二把(わ)というのも、玄理が決めてくれたのだろうと思うが、いや、じつにありがたいことではある」