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【青雲の大和】(308)二つの祖国 (1/2ページ)
馬上、ふりかえると小柄な田辺鳥(たなべのとり)の姿があった。栗毛の馬の鞍(くら)に荷駄を乗せ、そのまえに窮屈そうにまたがって手綱(たづな)をとっている。
「なにか、もうしたか」
玄理(くろまろ)は声をかけた。
「いえ、ほんとうにこのようなひなびた里で、お育ちになったのかと思いまして」
飛鳥の京域で育った田辺には、一面に緑が芽吹くなか鹿が駆け、鳥がさえずる山里の景色がめずらしいらしく、馬の背にゆられながらあちこちを眺めまわしている。
「そう、十六歳まで、ここ高向(たかむこ)の里で育った」
玄理はいった。貧しい生計(たずき)をやりくりして、玄理を勉学に打ちこませてくれたのは、親代わりの兄、漢麻呂(あやまろ)である。
その後、飛鳥で学才をみとめられ、隋(ずい)への留学をはたしたのだが、すべては自分を犠牲にして一家を支えた長兄のおかげであると思っている。
「よく里へは、お戻りになるのでございますか」
「いや、十年ぶりだ」
「えっ、そんなに」
「さよう、大化改新からは一度も帰っていない」
留学生仲間だった日文(にちもん)とともに、国家の最高顧問たる国博士(くにはかせ)の任につき、大化改新の指導と推進に専念してきたのだが、その日文は半年まえに逝(い)った。
残された自分は、日文の遺志をも汲(く)んで、唐と大和を永久(とわ)なる友誼(ゆうぎ)で結びつける任務にとりかからねばならないと思っている。国家改新の大業がほぼ成ったいま、これが自分にあたえられた最後の仕事になるであろうという覚悟である。
なつかしい石川(いしかわ)のせせらぎに沿って、高向の里にはいると、山すそに朽ちかけた門がみえてきた。
柴垣に囲われたなかに、古い茅葺(かやぶき)の母屋と大きな鶏小屋があり、煤(すす)けて真っ黒になった屋外のかまどから、ゆるやかに煙がたちのぼっているのも、昔とほとんど変わらない。
きょう帰るということは、あらかじめ伝えてあったので、門のまえには兄夫婦と甥や姪、それに里の者があつまってきていた。