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【週末読む、観る】(2)『転進 瀬島龍三の「遺言」』新井喜美夫著ほか (1/4ページ)

2008.8.31 09:05
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 【書評】『転進 瀬島龍三の「遺言」』新井喜美夫著(講談社・1680円)

 評・石川水穂(論説委員)

 

首相にも情報を隠した海軍

 「昭和の参謀」といわれた瀬島龍三氏が死去してから、間もなく1年になる。瀬島氏は晩年、昭和史の重要局面について語り始めたが、十分に語り尽くしていないともいわれる。

 著者は、瀬島氏とともに第2次臨時行政調査会(土光臨調)のメンバーだった昭和56年から5年間、キャピトル東急ホテルで事務所が隣り合わせになり、大本営参謀時代やシベリア抑留時代のことについて、瀬島氏と500回近く話し合ったという。その瀬島証言を「遺言」としてまとめ、昭和史の再検証を試みた。

 核心部分は、東条英機首相(当時)がミッドウェー海戦(昭和17年6月)での敗戦を十分に把握していなかったというくだりだ。

 著者はそれ以前に、東条内閣の内閣書記官長だった星野直樹氏から、東条首相がサイパンが失陥するまでミッドウェーの敗戦を知らなかったという話を聞いていた。これを瀬島氏に確かめると、瀬島氏も「ええ、(東条首相は)知らなかったでしょうね」と答えたという。このくだりに疑問を示す専門家もいるが、海軍がミッドウェーの敗戦について、陸軍に正確な情報を提供しなかったことは十分に考えられる。

 瀬島氏自身も回想録『幾山河』(扶桑社)で、海軍にミッドウェーの失敗を俎上(そじょう)にのせたくない空気があり、陸軍もそれを衝(つ)くことをためらった事情や、海軍の源田実参謀(戦後、航空幕僚長を経て参院議員)と「大本営陸海軍部の区分を廃止する意見」を上申したことを明らかにしている。

 「なぜ、米国のような大国と勝ち目のない戦争をしたのか」との問いに、瀬島氏は「80万もの兵が中国に釘付けされたまま、アメリカと戦う余力はなかった」と言いつつ、勝算は「ゼロとは考えていなかった」と答えたという。

 瀬島氏は陸軍士官学校を2番、陸軍大学校を首席で卒業した秀才だ。著者は瀬島氏の「遺言」を通じて、陸海軍のエリートらが犯した戦争指導の過ちを指摘しているように思われる。

                   ◇

 あらい・きみお 昭和2年、東京都生まれ。東急エージェンシー元社長。

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