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【青雲の大和】(302)出で立つ日 (1/2ページ)
「少し落ちつきましたら、主上(おかみ)のご機嫌をうかがってまいろうかと存じますが」
飛鳥の河辺(かわら)の宮に皇太子府を移してしばらくして、鎌足(かまたり)は中大兄皇子(なかのおおえのおうじ)に話してみた。
「おお、いいな。ぜひ、そうしてくれ」
まるで喧嘩(けんか)別れのようになってしまったのを悔やんでか、中大兄はとびつくように声をあげた。
いわゆる百官百僚がぞろぞろと、ついてきてしまったのはいたしかたないとして、妹の間人皇女(はしひとのひめみこ)までが大君との離縁覚悟で飛鳥に移ったことについては、中大兄も相当気にされているようである。
鎌足は重病の床にある恩師への見舞いをかねて、三日ほど難波(なにわ)に滞在するつもりで飛鳥の自邸をでた。
従者二人をつれ、難波の長柄豊碕(ながらとよさき)の宮に参内してみると、はたして主上が怨(えん)ずるように話されるのは、飛鳥に移った后(きさき)のことばかりだった。
「鎌足はどう思うか」
「なにが、でございますか」
「いや、中大兄のことだが、どういうわけで妹をむりやり連れて行ってしまったのか」
「さて、それは……」
むりやりではございません、というのを鎌足はひかえた。いえば、主上と后のあいだが、まえから冷えきっていたことをあからさまにしてしまうことになるからである。
鎌足が困ったふうに、あいまいにうなずいていると、
「ひどいと思わぬか」
と、恨みのこもった陰々とした声がしぼりだされてきた。
「おのれはそこいらの娘をかたっぱしから妃(みめ)にして、そのうえ、后の座にいる妹までも連れて行くのであるからな。われが位にあることを、なんと心得ておるのか」
鎌足はしかたなく低頭する。と、さらに愚痴(ぐち)がつづくというぐあいで、ついには自棄(やけ)気味に、
「位を捨てたい」
とまでいいだされた。
「それはなりませぬ。大君はいずれにおられても大君でありまして、そこが都でございますれば、そのおつもりで万民に臨んでいただきとうございます」