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【青雲の大和】(299)出で立つ日 (1/2ページ)

2008.8.30 03:28
このニュースのトピックス青雲の大和

 鎌足(かまたり)が中大兄皇子(なかのおおえのおうじ)に付き従い、難波(なにわ)の港からゆるやかな坂をのぼっていくと、匂うばかりの新緑の台地に新宮殿、長柄豊碕(ながらとよさき)の宮がみえてきた。

 国家体制の整備に力をかたむけてきた改新政権が、これまでにつくりあげたほとんど唯一の建造物である。大君(孝徳天皇)はすでに白雉(はくち)二年の十二月から新宮殿にうつられているが、その後も工事はつづけられ、完成をみたのはつい八か月ほどまえであった。

 −−惜しい、

 とは思う。内臣(ないしん)の鎌足にしてみれば、改革途上の苦しい財政事情のなかで建造の費用をひねりだし、労役の民をあつめなければならなかった新宮殿である。

 それを捨てるという決断にいたるまでには、相当の迷いもあったが、中大兄皇子のつよい意志に押しきられたかっこうだった。

 ただ大君には、いまなおその意図を受けいれてもらえていない。国防の観点から危険な海浜の都を捨て、政権の原点である飛鳥にもどるという案を、きょう最終的に納得していただけるのかどうか。

「われがいきなり、がんがんやるとまずいだろう。主上(おかみ)の説得は鎌足にまかせる、うまくやってくれ」

 宮殿にはいり、出御を待つ間(ま)に中大兄はそんなことをいう。叔父にあたる大君とは、なぜかそりがあわず、皇太子でありながら、ふだん話しあわれることもほとんどない。

「わかりました。なんとかやってみましょう」

 そうはいったものの、鎌足にしても主上をすんなり説得できるとは思っていなかった。

 はたして奥からでてこられた大君は、見た目にも不機嫌そうな顔をされていた。話されることも、ほとんどききとれないほどである。

「二人そろってきて、またなにごとであるか。もし都を飛鳥にもどす話であれば、われはきく耳をもたぬぞ」

 のっけから拒否のかまえである。

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