ニュース: 文化 RSS feed
【青雲の大和】(297)出で立つ日 (1/2ページ)
白雉(はくち)四年五月十二日、大和の国はじまって以来の大使節団が、唐にむけて出発する日がきた。
鎌足(かまたり)は中大兄皇子(なかのおおえのおうじ)に従って、難波(なにわ)の港の高台にもうけられた送迎用の公館にはいり、大使、副使らのあいさつを受けた。
二艘の巨船のうち、北まわりでいく遣使船には大使、吉士長丹(きしのながに)と副使、吉士駒(こま)をはじめ学生、学問僧ら百二十一人が乗船する。鎌足の子、真人(まひと)(定恵(じょうえ))もその一人である。
南まわりで江南(こうなん)にむかう第二船には大使、高田根麻呂(たかたのねまろ)以下百二十人が乗っていくことになっている。
「おそいではないか、真人は」
つぎつぎと出立(しゅったつ)のあいさつにまかりでる者を適当にあしらいながら、中大兄皇子が鎌足に声をかけた。その精悍(せいかん)な容姿に似合わず、意外にこどもが好きな中大兄は、真人をわが子のように可愛がっている。
「はあ、ほどなくまいろうかと思いますが」
鎌足も気にはなっていた。体があまりつよくない真人のことである。ここ数日のあわただしい渡航準備で疲れ、出発まぎわになって具合がわるくなっているのかもしれなかった。
沖に碇(いかり)をおろしている二艘の巨船にむけて、無数の小舟が岸から人と荷をはこんでいる。
第一船では真人のほかに、鎌足の従兄弟、中臣許米(なかとみのこめ)の子、安達(あんだち)ら二人の少年が学問僧として派遣されるが、ついいましがた、二人いっしょに元気いっぱい、小舟から遣使船に乗り移る姿が岸からみえた。
「ご心配なら、みてまいりましょうか」
鎌足の従者がいったときである。少年らしい純白の麻衣(あさぎぬ)を着た真人が、母与志古(よしこ)につきそわれてやってくるのがみえた。うしろから荷をもって、若犬養網田(わかいぬかいのあみた)がひどく気づかわしげについてくる。
「どうした」
鎌足は高台の石段を降りていって、与志古にいった。
「けさから急に……」