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【青雲の大和】(293)巨船が行く (1/2ページ)
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難波(なにわ)の都の土をふむのは、秦(はた)にとってじつに一年ぶりということになる。
鎌足(かまたり)の命(めい)をうけ、文麻呂(ふみのまろ)とともに馬で安芸(あき)の造船所へむかったのが、昨年末だった。しばらくして雄君(おきみ)が、鎌足のべつの指示をもって安芸へやってきた。
そのころ難波の朝廷は、
−−新羅(しらぎ)討つべし、
の主戦論でわきかえっていたはずである。
新羅が古来つづく大和の覇権を拒否し、唐の年号をねがいでて使わせてもらい、王族、役人みな唐服を着るという、なりふりかまわぬ追従(ついしょう)をやってみせたからである。このままでは新羅は遠からず唐の属国となり、大和への危険な敵対勢力と化すであろうというおそれが、皆の胸にあった。
ところが、である。この日、難波津に着いて、秦と雄君が巨船から小舟に乗りうつり、港に上陸してみると、おどろいたことに様相が一変してしまっていた。
「なんだ、なんだ、これは」
雄君は着飾った女にとりまかれ、質問攻めに遭い、音(ね)をあげている。
訊(き)かれるのは、むろん雄君の武勇ではない。二艘の巨船がどんなにすばらしいか、あの巨船で唐へ行くには幾日かかるか、といったことばかりである。
「唐へ行く? どういうことか」
秦も気になって、子供連れの女に訊いてみた。
「あらあら、ご存じなかったの。あの舶(つむ)で大使、副使のほか、大勢のかたが唐にわたることになりましたのよ。この子もおかげさまで、みなさまといっしょに唐へ留学することが決まりました」