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敬虔の人 ソルジェニーツィン氏 翻訳家・小笠原豊樹 (2/2ページ)
伝えたいこととは一体何だろう、と思っていたら、まじめな顔で「私の作品はあまりに長いから、冗長なところは切り捨て、すっ飛ばして訳してしまって構わない」と切り出した。そんな話を作家本人から聞くのはもちろん初めての体験だった。「そういうことは良くないです」と、こちらがあわてて反対したのをよく覚えている。
会談は約3時間。とにかくよくしゃべり、率直で気取らない人だった。当時の彼はソ連を追放され、アメリカで家族を養っていかなければいけない立場。今思えば、とにかく日本で作品を早くたくさん訳してもらいたい、という強い気持ちが、そんな訴えにつながったのかもしれない。
ロシア革命の翌年に生まれ、青春を強制収容所でつぶされた。そうした体験を題材にして描いた作品は、自然と体制批判にならざるを得なかった。晩年にはロシア中心主義的な発言も見受けられ、他の文学者の例に漏れず、一筋縄ではいかないところを見せた。ある意味、政治に翻弄(ほんろう)された人だったといえるのではないか。
私が翻訳した作品の中では、ロシアの田舎を舞台に、善良な老女を描いた『マトリョーナの家』という短編が印象に残っている。落ち着いた文章で、ロシア語の美しさや昔の人間の持つ古き良き道徳が伝わってくる。「敬虔(つつしみ)の人がいなければ、村は成り立たない。町も。わたしたちの地球全体も」という終わりの部分は有名だ。むしろ、こうしたところにこそ、彼の本領が表れているのかもしれない。(談)
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【プロフィル】小笠原豊樹
おがさわら・とよき ロシア文学者・翻訳家。昭和7年、北海道生まれ。東京外語大ロシア語学科中退。岩田宏の名で詩人としても活躍している。主な訳書に、ソルジェニーツィン『イワン・デニーソヴィチの一日』、ドストエフスキー『虐げられた人びと』、レイ・ブラッドベリ『火星年代記』など。


