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【京都MONO語り】御弓師 柴田勘十郎 受け継いだ「最後」 荒々しく、優雅に (1/4ページ)
鉄砲が普及するまで戦の武器として重宝された弓。多彩な職人が活躍してきた京都には、この分野でも地元産の竹を使った「京弓」がある。現在も弓道、儀式などに用いられているが、需要が激減した時期があったこともあって技術者は1人しかいない。21代目柴田勘十郎(しばた・かんじゅうろう)さん(56)。「本能寺の変」(1582年)で織田信長が明智光秀軍に最後に引いた弓が「柴田の弓」とされる伝統の技術を引き継いでいる。
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それまでとは明らかに柴田さんの目つきが鋭く変わった。材料のハゼノキや竹を長さ約2.2メートルに切って薄く削ったあと、「弓打ち」と呼ばれる作業に入った際のこと。弓作りの中で最も難しいとされ、これで弓の「質」が決まる重要な工程だからだ。
ハゼノキの両面を2枚の竹ではさみ、特殊な接着剤で張り合わせる。接着剤が固まるまでに弓を反らせるため、張り合わせたあと麻縄を全体にぐるぐる巻き付け、麻縄に引っかけるように竹の「くさび」を木づちで打ち付けていく。くさびは100本から110本。柴田さんは瞬時の判断でくさびの方向、打ち付ける強さや回数を調整しながら、弓を荒々しく、そして優雅に反り返らせた。その間20分足らず。




