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【断 イタクラヨシコ】マラソン補欠、何のため
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遅まきの論考で恐縮だが、北京五輪マラソンで日本勢は男女とも1人ずつ、故障による欠場者が出、なおかつ、そろいもそろって、補欠選手が出場せずじまいに終わった。
補欠の選出は、そもそもこういう事態に備えるためだったはずである。ならば、日本陸上競技連盟(陸連)はいったい何のために補欠を準備したのか。スタメンに何かあったときのために、サブが要るのではないか。
五輪開幕直前の7月末、陸連は、選手団の定員がいっぱいだったため、補欠だった藤原新と森本友の登録を抹消していたという。それが事実なら、選手と所属チームが、見返りがないかもしれない状況で半年近くもモチベーションを保ち、調整をつづけていた努力は水の泡である。あるいは万一、補欠選手も故障などで調整不能に陥り、その結果、出場を辞退していたなら、陸連はその時点で補欠の繰り上げを行うなどして、最後まで3人枠で戦う方針を貫けなかったのだろうか。
言うまでもなく、個々の代表選手や所属チームは勝つため、メダルを獲(と)るためにぎりぎりまで貪欲(どんよく)に準備を行う。だが、代表選手チーム全体のコーディネーターたる陸連の側には、そこまで勝利にこだわる意気はないのだろうか。選手とその所属チームに全部お任せ、とのスタンスなのか。もしそうだったとすれば、ここぞという瞬間、完全にフリーなのになぜかシュートをせずパスを出し、観る者の気持ちを萎(な)えさせるサッカー選手のような、そんなふがいなさを陸連から感じさせられるのは私だけだろうか。(文筆業)