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【邂逅 カルチャー時評】芸術家映画は可能か
このニュースのトピックス:美術・芸術
世に芸術家小説というものはあるが、芸術家映画は可能だろうか。北野武の新作『アキレスと亀』は、この問いに正面から答えようとしたフィルムである。
子供のときから絵を描くことしか考えていない少年が主人公である。富裕な家に生まれたが、運命は逆転し、苦学をしながら画業を続ける青年となる。やがて結婚するのだが、それでも画業は止めず、画廊の若主人からさんざんに馬鹿にされても作品の持ち込みをやめない。興味深いのは愚直きわまりない主人公の人生が、そのまま近代絵画史をなぞっていることだ。少年時代は写実的な風景画。青年時代は60年代アクションペインティング。中年に至ってコンセプチュアルアートとなる。北野武本人が演じる画家は、そのたびごとに時流に合わせて画風を変えるのだが、芸術はいつも一歩先に進んでいて、彼はつねに時代遅れと見なされる。残酷な物語だが、西欧の流行を追い続けてきた日本の前衛美術界への痛烈な皮肉でもある。
北野武が余暇に絵画を嗜(たしな)んでいることは、以前から知られていた。『HANA−BI』では彼の描いた絵が全面にわたって用いられている。美術アカデミズムとは無縁の、独学者の画風である。それが奇(く)しくも今日世界的に話題を呼んでいるアウトサイダーアートと見なされたとき、アキレスは亀に追いついたのだ。『アキレスと亀』は北野の多くのフィルムと同様に挫折者の物語であるが、きわめて自伝的な色彩が強い。子供のころから一途(いちず)に迷わず…北野が追求してきたモラルがここではひどく孤独な形で体現されている。滑稽(こっけい)さを怖(おそ)れずにいえば、その孤独は今日の日本文化の孤独である。(明治学院大学教授 四方田犬彦)