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【産経抄】8月26日
このニュースのトピックス:梅田望夫
洋画は字幕が当たり前だと思っていたから、とまどってしまう。下調べせずに映画館に行くと、吹き替え版の時間に当たることがある。この夏公開された「インディ・ジョーンズ」の最新作もシリーズで初めて、公開時から吹き替え版が作られた。
▼吹き替え版を否定するわけではない。たとえば米テレビドラマの人気シリーズ「刑事コロンボ」は、ずっと故小池朝雄さんによる、コロンボの口調に慣れ親しんできた。だから、主演のピーター・フォークのかん高い声を初めて聞いたとき、違和感を覚えたものだ。
▼もっとも、最近の若者の字幕離れには、別の事情がある。漢字が読めない、字幕を面倒がる若者が増えてきた。第二次世界大戦や冷戦時代を舞台にしたスパイ映画では、「ナチス」や「ソ連」が理解できない、という声まで寄せられる。洋画が最高の英語教材だった時代と違って、生の英語に触れるありがたみも薄れている。
▼北京五輪の期間中、中国報道の大洪水のなかで、23日付小紙に載った梅田望夫さんのコラム「ウェブ立志篇」は異彩を放っていた。梅田さんは、国別のメダル獲得数の表に目がいきがちな、小欄を含めた読者に対して、英語とそれ以外の言語という観点から、世界を眺めてみることを勧めている。
▼梅田さんが引用した作家の水村美苗さんの論文「日本語が亡びるとき−英語の世紀の中で」(「新潮」9月号)は、論争を呼びそうだ。日本語は「話し言葉」として残るだけで、「叡智(えいち)を求める人々」は、「普遍語」である英語で読み書きするようになるだろう、というのだ。
▼これに従えば、洋画の英語を聞かず、字幕も読まず、ただ日本語の話し言葉で楽しむ若者は、「叡智」から遠ざかるばかりではないか。