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【断 二宮清純】「戦える心」失った日本柔道
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北京五輪、全7階級でメダルは66キロ級の内柴正人と100キロ超級の石井慧の2つだけ。柔道男子のメダル獲得数は柔道が五輪の正式競技に採用された1964年の東京大会以降、最少だった。金メダル2つは立派だが大きな課題が残った。
メダル数の少なさにも増して柔道関係者にとってショックだったのは初戦、2回戦で負けた選手が5人もいたこと。厳しい言い方をすれば「戦う準備ができていなかった」ということだろう。
アトランタ、シドニー、アテネと五輪を3大会連続で制した野村忠宏(60キロ級)は試合前、自らにある“儀式”を課していた。トイレに飛び込み、鏡とにらめっこするのだ。「戦う目をしているか、強い目をしているか、生きた目をしているか」。それがはっきり確認できるまではトイレを出なかったという。
「では、この目じゃ不安だ、という時にはどうしましたか?」。私の質問に野村はこう答えたものだ。「そういう時はもう1回顔を洗い、顔を叩いて、わざと自分の顔をにらみつける。そうして無理やり怖い顔をつくりあげた。そのことは常に練習の時から心がけていました」
五輪競技の中で「金メダル以外は負け」と見なされるのは柔道だけである。プレッシャーを背負って戦い、勝利することがいかに困難であるかは言うまでもない。だからこそ事前に「戦える心」だけはしっかりとつくりあげておかなくてはならない。これは柔道とJUDOは違うとか、日本の柔道が研究されていたとかいう以前の問題である。(スポーツジャーナリスト)