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【断 佐々木譲】勝者の涙を想う
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北京オリンピックについて、さして関心がない。競技のテレビ中継もまったく観(み)ていない。
でも、ある国会議員の北京五輪の判定をめぐる発言には、え?と感じた。このひとは、女子柔道48キロ級準決勝の判定をめぐって言ったという。
「審判の谷選手に対する指導の判定は見る人誰もが首をかしげたのではないか、ルーマニアの選手に指導が与えられるべきだった」
厳格な記録で勝敗が決まる種目以外は、判定に主観が入ることはやむをえまい。興行性が優先される場合であれば「裁量」すら入るだろう。わたしは、スポーツとはそれでもよいのだという立場だ。
とくにこの女子柔道48キロ級の五輪代表は「裁量」で決まった。国民的人気者、谷亮子選手は、全日本選手権で山岸絵美選手に負けたにもかかわらず代表とされた。つまり関係団体は「試合結果」と「真の強さ」とはちがう、と判断したのである。もっと言えば、「勝ち負け」よりも「話題性」を採ったのだ。
かつてマラソンのソウル五輪代表選考をめぐって、瀬古利彦選手の決定過程が不透明といわれたことがあった。谷選手の場合は、代表と決まったことについて、問題にもされなかった。関係団体だけではなく、わたしたちもまた、強者よりも人気者を求めたのだ。
つまり女子柔道とはそういう種目であり、五輪とはそういう舞台なのだ、という国民的合意ができている。だったら審判の判定の偏りを、わたしたちは非難できまい。それが事実であったとしてもだ。(作家)